主流派経済学者たちが嫌悪する「ケインズ的な有効需要(GDPのこと)の創出」という政策が正しい
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12201702359.html
先日、9月17日の三橋経済塾第五期第九回講義で、柴山先生が、
「経済学者は『既に起きたこと』を学問化するだけで、目の前で起きている危機には対応できない」
という、まさに現在の日本は世界の経済問題を象徴するような「事実」についてお話下さいました。
学者が対応できず、誰がするかといえば、現場の経営者や政治家といった、「目の前の危機」に直面している人たちとのことです。
逆に言えば、「学者の言うこと」を聞き、目の前の経済危機に対処しようとしたとき、間違うケースが少なくないという話です。もはや今更感が強いですが、
「デフレは貨幣現象」
という「学者(岩田規久男教授など)」の主張に従い、いわゆるリフレ政策が行われた日本、厳密には日銀の金融緩和はやるものの、反対側で財務省主導の緊縮財政に屈した日本は、結局、三年半が経過したにも関わらず、未だにインフレ率がマイナスという惨状になってしまいました。
ちなみに、昨日のエントリー「内部留保とデフレーション 」において、「バブル膨張と崩壊、デフレ化のプロセス」を解説しましたが、あれは別にどこかの学者に教えてもらったわけではありません。
単に、80年以降の国家のバランスシート、GDPの動きから、バブル崩壊後の日本における、
「国民が借金してまで買った資産価格が暴落するという憂き目に会った。資産価格が下落しても、銀行から借りた借金の額は変わらない。我々国民は「合理的」に借金返済や銀行預金に走り、その分だけ消費や投資という「需要」が減り、そこに緊縮財政が追い打ちをかけ、総需要不足に陥った」
ことが分かるという、データの動きを語ったに過ぎないのです。三橋貴明の「解釈」とやらではありません。本当に、上記の通りにデータが動いていたのです。
興味深いことに、上記の類の「論理的なバブル膨張と崩壊、デフレ化のプロセス」について、経済学者が語ることはほとんどありません。逆に、
「いや、三橋は間違っている! バブルとバブル崩壊は~」
と、異なるプロセスを示され、反論されたこともありません。要は、沈黙されるのです。
なぜでしょうか。
推測ですが、データを見る限り、上記のプロセス通りにバブル崩壊、デフレ化が進んだのは間違いないのです。とはいえ、上記を認めてしまうと、デフレは「総需要の不足」という事実を受け入れざるを得ないためでしょう。
そうなれば、主流派経済学者たちが嫌悪する「ケインズ的な有効需要(GDPのこと)の創出」という政策が正しいという話になってしまいます。
さらに、経済学の大前提である予算制約説(政府で言えば財政均衡主義)を放棄せざるを得なくなり、財務省が推進する緊縮財政は不可能になります。
というわけで、日本のみならず、世界的に上記のバブル崩壊、経済のデフレ化のプロセスは共有されず、デフレ対策は金融政策任せ。反対側で、財政は緊縮、同時に構造改革という奇妙な(というか、間違えた)政策が推進されてきたのです
先日、9月17日の三橋経済塾第五期第九回講義で、柴山先生が、
「経済学者は『既に起きたこと』を学問化するだけで、目の前で起きている危機には対応できない」
という、まさに現在の日本は世界の経済問題を象徴するような「事実」についてお話下さいました。
学者が対応できず、誰がするかといえば、現場の経営者や政治家といった、「目の前の危機」に直面している人たちとのことです。
逆に言えば、「学者の言うこと」を聞き、目の前の経済危機に対処しようとしたとき、間違うケースが少なくないという話です。もはや今更感が強いですが、
「デフレは貨幣現象」
という「学者(岩田規久男教授など)」の主張に従い、いわゆるリフレ政策が行われた日本、厳密には日銀の金融緩和はやるものの、反対側で財務省主導の緊縮財政に屈した日本は、結局、三年半が経過したにも関わらず、未だにインフレ率がマイナスという惨状になってしまいました。
ちなみに、昨日のエントリー「内部留保とデフレーション 」において、「バブル膨張と崩壊、デフレ化のプロセス」を解説しましたが、あれは別にどこかの学者に教えてもらったわけではありません。
単に、80年以降の国家のバランスシート、GDPの動きから、バブル崩壊後の日本における、
「国民が借金してまで買った資産価格が暴落するという憂き目に会った。資産価格が下落しても、銀行から借りた借金の額は変わらない。我々国民は「合理的」に借金返済や銀行預金に走り、その分だけ消費や投資という「需要」が減り、そこに緊縮財政が追い打ちをかけ、総需要不足に陥った」
ことが分かるという、データの動きを語ったに過ぎないのです。三橋貴明の「解釈」とやらではありません。本当に、上記の通りにデータが動いていたのです。
興味深いことに、上記の類の「論理的なバブル膨張と崩壊、デフレ化のプロセス」について、経済学者が語ることはほとんどありません。逆に、
「いや、三橋は間違っている! バブルとバブル崩壊は~」
と、異なるプロセスを示され、反論されたこともありません。要は、沈黙されるのです。
なぜでしょうか。
推測ですが、データを見る限り、上記のプロセス通りにバブル崩壊、デフレ化が進んだのは間違いないのです。とはいえ、上記を認めてしまうと、デフレは「総需要の不足」という事実を受け入れざるを得ないためでしょう。
そうなれば、主流派経済学者たちが嫌悪する「ケインズ的な有効需要(GDPのこと)の創出」という政策が正しいという話になってしまいます。
さらに、経済学の大前提である予算制約説(政府で言えば財政均衡主義)を放棄せざるを得なくなり、財務省が推進する緊縮財政は不可能になります。
というわけで、日本のみならず、世界的に上記のバブル崩壊、経済のデフレ化のプロセスは共有されず、デフレ対策は金融政策任せ。反対側で、財政は緊縮、同時に構造改革という奇妙な(というか、間違えた)政策が推進されてきたのです